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2012年6月6日(水)東大工学部広報誌「Ttime!」Vol.48(坂田一郎教授)
「情報の海を泳ぐ 〜知識の体系化を目指して〜」
Q:先生の研究内容について教えて下さい。
情報工学の手法を使って、イノベーションの前提となる学術的な知識の変化や構造を明らかにするための手法を研究しています。
Q:知識の変化とはどういうことでしょうか。
太陽電池を例に考えてみましょう。この分野の論文はメジャーな論文誌に掲載されているものだけでおよそ4万本が存在し、さらに年間4000本のペースで新しい論文が発表されています。このように非常に早いペースで太陽電池の知識は増えています。そのため3年前には最先端だった知識が、今では古い知識となっていたり、場合によっては間違った知識である可能性もあるのです。さらに、知識の量も膨大であるため、その変化をすべて把握することは実質的に不可能であると言えます。流動する膨大な知識から成る情報の海に溺れることになってしまいます。また、把握しきれない知識の中には重要な知識が埋もれている可能性もあります。私はそのような知識を“埋没知”と呼んでいます。膨大な知識の変化を把握し、構造を知ることで、埋没知を見つけ出すことができます。私はそのための手法を研究しているのです。
Q:どのように変化を把握するのでしょうか。
下の図を見てください。これはある期間に発表された太陽電池の論文をマッピングしたものです。図中の点はすべて太陽電池に関する論文に対応しています。この膨大な論文を引用関係などで分析し、関係性の高い論文ごとに色でグルーピングします。点と点を結ぶ線は論文の引用関係を表します。同じ色の範囲では引用関係が密になっていることが分かります。論文の収集や、論文のグルーピングなどはすべてコンピュータによって処理されます。このマップを時系列順に並べて分析することにより、どの分野の知識が増えているか、ということを把握できるのです。
上図:太陽電池の学術俯瞰マップ。各点が論文を表し、それをつなぐ線は引用関係を表す。内容の似ている論文は近くに配置され色によりグルーピングされている。
Q:どのようなことに生かせるのでしょうか。
例えば先ほどのマップを分析した結果、急速に知識の数が伸びている分野があるとします。その分野は今急速に発展している可能性が高いと言え、近い将来市場において使える技術になる可能性が高いでしょう。逆に、従来注目されていた分野であっても、知識の数の伸びがゆるやかになっている分野というのもあります。そのような分野はすでに成熟期に入っており、大きなブレイクスルーを迎える確率は低いと言えます。このように知識の変化を把握することで、今後どの分野が、どのように、どのくらいのスピードで発展していくのかを予測することができるのです。このような予測を踏まえた上でどの研究分野に注力するか、資金を投入するかなどの意思決定をするということは非常に重要なことだと思います。
また、人間の脳にはコンピュータより優れている部分が多くあります。知識の整理はコンピュータに任せて、人間はさらに高度な思考に時間を費やすべきはないでしょうか。