コラム---2010年8月18日


杉山昌広 / Masahiro Sugiyama, (財)電力中央研究所 社会経済研究所 主任研究員

米国の大学とエネルギー・イノベーション

スマート・グリッド、電気自動車、太陽電池、リチウム・イオン電池。最近、新聞でエネルギー技術開発の言葉を目にしない日にちはない。どうやらリーマン・ショック以降の不景気対策としてグリーン・ニュー・ディール政策によってにわかに研究開発が活気づいているようだ。

でも、本当にそうだろうか。政府が先導してグリーン・ニュー・ディールやグリーン成長を打ち出したから始まったのだろうか?私は、少なくともアメリカの場合は逆だと思っている。民間や大学の動きが先行していたのだ。

アメリカの大学について詳しく見てみよう。今アメリカではエネルギー研究ブームが起きており、学生の間でもエネルギーに興味を持ち、研究に勉学に打ち込んでいる人が増えている。しかし、この種はグリーン・ニュー・ディールという考えが広がる前から撒かれていたものだ。

マサチューセッツ工科大学(MIT)の学長に就任した神経科学者のスーザン・ホックフィールド博士は、2005年5月に就任演説を行った。初の女性で生物学者である学長がMIT全体として最初に打ち出した研究プログラム構想は、バイオについてではなく、エネルギーに関するものであった[1]。翌年、学長の指示のもと、望ましい研究・教育体制についての報告書がまとめられ[2]、MITエネルギー・イニシアティブ(MIT Energy Initative, MITEI)がMIT全体の研究プログラムとして動き出した[3]。MIT内で一口最大約1300万円までの研究資金を配分したり[4]、エネルギー政策について影響力の大きい報告書を発表している[5]。東京大学でのセミナーでたまたま参加していたMITの教授がコメントしていたが、MITEIは成功しつつあり、また非常に多くの企業協賛を集めることができているという。事実、MITEIのホームページには(最近問題が起きている会社だが)石油メジャーのBP、重工会社のABB、シーメンス、ロッキード・マーティン、フランス電力会社のEDFなど欧米の有力企業が名を連ねている[6]。

動いているのは教授陣ばかりではない。2004年に設立されたMITの学生団体MITエネルギー・クラブは、エネルギー・環境問題についてのセミナーを開いたり、バーで気軽に学生同士が意見交換をするハッピー・アワーを開いている。この学生団体には2200人もの会員がおり[7]、会員の中には教員もいる。MITの学生全体が約1万人であるから[8]、メール購読しかしていない会員もいるとはいえ、以下に多くの人が興味を持っているかがうかがえる。

エネルギー・クラブの様々な活動の中で特筆すべきは、MITエネルギー・クラブがビジネス・スクールの学生団体と共催するビジネス会議だ[9]。これは学生が運営する会議とは信じられない規模と品質だ。今までの講演者はGEの会長であるジェフ・イメルト、エネルギー・環境ベンチャー(クリーンテック)分野で有名なベンチャー・キャピタリストのジョン・ドーアやヴィノード・コスラなど。学生が準備する会場でビジネス・パーソン、研究者、政府関係者が入り混じる。MITの優秀な大学院生がベンチャーや有力企業などで就職先を見つけ、ベンチャーと大学の技術協力の可能性が生まれるのだろう。

イノベーションについて書いているのに学生について書くのは変に思われるかもしれないが、Googleはスタンフォードの大学院生二人が起業したのは忘れてはいけない。90年代にITに献身した大学院生たちは、今はMITエネルギー・クラブに顔をだしながらエネルギー技術に取り組んでいる。ヴィノード・コスラ氏がいうように、アメリカで一番優秀な頭脳はITやバイオではなく、エネルギーで仕事をしようとしているのである[10]。

MITについてばかり書いたが、エネルギー・イノベーションのこうした現象はアメリカ中で起きている。例えば、ニューヨーク・タイムズ誌の温暖化問題のベテラン記者だったアンドリュー・レブキン氏は、アメリカ中で見られるエネルギー・環境に取り組む学生を「E世代」と呼ぶ[11]。

注目すべきは、アメリカ全体で起きているということより、グリーン・ニュー・ディールが喧伝されるようになった2008年以前に始まっていたということだ。MITエネルギー・クラブは2004年に設立、MITエネルギー・イニシアティブは2005年に構想発表である。今年ですでに5・6年が経っているのだ。既に起こりつある大きな流れに乗って、オバマ政権はエネルギー・イノベーションを加速するために研究開発費を増強している。

以上を踏まえると、日本の大学や研究コミュニティに対してどういった示唆があるのだろうか?明白なのは、アメリカのエネルギー・イノベーションの盛り上がりは、ここ数年醸成されてきたものだということだ。グリーン・ニュー・ディールのような短期的な話に振り回されず、何故5・6年前から、米国の研究コミュニティはエネルギーに着目していたのか、その点を深く考え受け止めるべきである。また日本の大学の取り組みや科学技術政策は、長期的な視点で進めるべきである[12]。

長期とはどれくらいだろうか?地球温暖化対策は転換の遅いエネルギー・システムに根本的な挑戦をつきつける。温暖化は50年、100年かけて人類社会が取り組む問題である。50年後の大学の構想をみて、エネルギーについて考えるべきなのだろう。

註:
1: http://web.mit.edu/hockfield/speeches/2005-inaugural-address.html
2: http://web.mit.edu/mitei/about/erc-report-final.pdf
3: http://web.mit.edu/mitei/about/index.html
4: http://web.mit.edu/mitei/research/seed-funds.html
5: 最近ではhttp://web.mit.edu/mitei/research/studies/naturalgas.html
6: http://web.mit.edu/mitei/index.html
7: http://spectrum.mit.edu/issue/2010-summer/energy-club/
8: http://web.mit.edu/facts/enrollment.html
9: http://www.mitenergyconference.com/
10: http://www.reuters.com/article/idUSN2621301420070404
11: http://dotearth.blogs.nytimes.com/2008/07/27/generation-e/
12: オバマ政権のとっている政策は景気刺激策の面もあるので、
その点は、突然といった側面は否定できない。



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