コラム---2011年3月8日


井上 さやか / Sayaka Inoue,   Eneleap Consulting L.L.C. 代表取締役社長

イノベーションを支えるカリフォルニアのエネルギー政策

シリコンバレーを中心として、カリフォルニア州では近年、クリーンテックと呼ばれる、地球温暖化防止や持続可能な社会に役立つ、エネルギー関連の新しい技術やその関連企業に注目が集まっています。2010年のカリフォルニア州におけるベンチャーキャピタルのクリーンテック関連の投資は約28億ドルであり、アメリカ全体の約40億ドルに対して約70%、そして世界全体と比べても約50%を占めています。2番手であるマサチューセッツ州はアメリカの10%以下しか占めていませんから、カリフォルニア州がまさにアメリカの、そして世界のクリーンテック関係の新産業をリードしていると言えるでしょう。(図1)

図1:米国における州別クリーンテック関連ベンチャーキャピタル投資の割合

何故、カルフォルニアでクリーンテック関連のベンチャー投資が盛り上がっており、多くのスタートアップ企業が生まれているのでしょうか。その大事な要因の一つとして、州政府によるエネルギー政策があると私は考えています。

先日1月22日に、TechCrunch というシリコンバレーで有名なウェブメディアが主催した、2010年を代表する革新的なスタートアップ企業や技術の授賞式がありました。Best Clean Tech 部門で受賞したのは、SolarCityという会社です。 SolarCity の売り文句は、初期投資ゼロで太陽電池を取り付けられます、というものです。非常に画期的なビジネスモデルですが、こういったビジネスモデルが成り立つ背景には、それを可能にする政策や制度があります。

SolarCity を例にとって見てみると、こういったビジネスモデルが成り立つ要因として、再生可能エネルギー導入や省エネルギー推進に対する奨励金の存在、そしてカリフォルニア州の電気料金が高いことが挙げられます。

第一に、様々な奨励金の存在があります。SolarCity も、カリフォルニア州における太陽光発電設備に対する奨励金、California Solar Initiative(CSI)を活用していますが、こうした奨励金は太陽光発電のみでなく、風力発電や燃料電池など 他の再生可能エネルギーにも用意されています。また、LED の使用、グリーンビルディング等を推進する、様々な省エネルギープログラムもあります。電力会社がこれらの奨励金プログラムのリードをとって進めています。

また、カリフォルニア州のキロワットあたりの平均電気料金がアメリカ全体の平均に比べて約30%高くなっていることも大事な要因です。カンファレンスでこちらのスタートアップ企業の講演を聞いていると、「我々のサービスにより、キロワットあたりの電気料金が安く抑えられます」という宣伝をよく聞きますが、その売り文句がカリフォルニアではより消費者に訴求しやすいと言えます。

通常の電力料金が高いため、奨励金によって実質的に安くなる代替エネルギーが選ばれたり、省エネルギーによる節約が好まれたりするのです。太陽光発電業界は特に、この恩恵を受けていると言えるでしょう。さて、これらの要因を支えている大切な政策として、1982年にカリフォルニア州が全米で最初に導入した、電力のデカップリング制度が挙げられます。デカップリングとは、電力会社の売上と利益を分離することです。これにより電力会社は電力をより多く販売しても利益増加にはつながらなくなり、電力の販売より も投資によって利益を伸ばすことを考えるようになりました。加えて、エネルギー削減を推進するためのRisk Reward Incentive Mechanism (RRIM)というメカニズムが採用されており、電力会社は3年を1サイクルとしてエネルギー削減目標値を定め、その達成度合いによって利益を得ることができます。

ここで本質的に重要なことは、電力会社が積極的に再生可能エネルギーや省エネルギーを推進するための仕組みがあることです。カリフォルニアの電力会社にとっては、電力を売って利益を伸ばすという考え方は、もはや30年前の古い考え方です。仮に電力会社が電力をより多く販売することを気にしているならば、エネルギー削減についてのインセンティブはなく、再生可能エネルギーや省エネルギー等の分野におけるスタートアップ企業は、単に売上を奪う競合になりかねません。逆に、再生可能エネルギーの導入や省エネルギーの活動が電力会社にとって利益となる仕組みが作られているため、それらのスタートアップ企業は投資の対象となります。こちらでは、電力会社を中心としたエコシステムを作ることによって、新たな企業、産業を伸ばそうとしているのです。実際、SolarCity も、カリフォルニアの代表的な電力会社PG&E から、6000万ドルの投資を受けています。

また、Assembly Bill32 (AB32)と呼ばれる政策も重要な役割を果たしています。AB32 では、2020 年までに温室効果ガスの排出量を1990 年と同等の水準まで削減することを目指すとしており、削減目標達成手段として、キャップ&トレード型排出量取引制度の導入や再生可能エネルギーの導入を33%にまで拡大するといった手段を定めています。この政策により、州全体で、温室効果ガスの排出量を減らすアクティビティにお墨付きがついているのです。

シリコンバレーにて革新的なエネルギー関連企業が出てきている要因は、起業家精神が旺盛な起業家や投資家が集まっていることだけではありません。本質的で長期的なビジョンに基づいた様々な政策や制度が折り重なって機能していることが、新たな企業、そして産業が育っていく下地となっているのです。課題を含みながらも、ビジョンに基づいた大胆な政策を実践し、その実践から学 び、修正を続けていく姿勢は、他のアメリカの州のみならず、他の国の手本にもなっていくことでしょう。

参考文献: