OECD Workshop(韓国光州)参加・講演報告 2013


経済協力開発機構(OECD)Workshop on Smart Specialisation(韓国 光州)

   2013年4月4-5日の両日、韓国光州市で開催されたOECD Workshop on Smart Specialisation for Innovation-Drive Growth: Its Extension to East Asiaに参加し、招待講演を行った。そこで議論された新しいイノベーション政策のコンセプトについて報告する。

KDJコンベンションセンター(韓国・光州)


Smart Specilisationのコンセプトについて

   欧州主導で、近年、作られた新しい概念。急速に浸透し、スマート、サステナブル、インクルーシブな成長を目指す「EU 2020」アジェンダに取り入れられている。
   その骨子は、地域が比較優位を持つテーマにより特化し、一方で、幅広く協調することで、経済活動・イノベーションの効率を上げ、地域のイノベーション主導による成長を実現しようとするもの。概念としては新しいものであるが、その理論的な基礎は、伝統的な経済理である分業の利益、比較優位論、集積の利益などに依拠している。
  この概念を分解すると、以下の2つとなる。

  1. 比較優位のあるテーマにより深く特化する
    (「分野」のような広い曖昧なターゲットではなく、「テーマ」と呼ぶべき狭いターゲティングを指向)
  2. 国境を越えた地域間協力を強化する

   こうしたコンセプトが登場した背景としては、経済・金融危機の中で、欧州が直面する構造変化への対応を強く求められるようになったことが挙げられる。構造変化とは、ITの浸透・高度化、製造業・サプライチェーンのグローバル化、中国の台頭等である。また、かなりの政策資源を投じて推進されている欧州の地域経済政策の在り方の見直しの必要性の認識も背景にあるのではないかとの印象である。
   今回のワークショップは、この欧州主導のこのコンセプトとアジアで政策展開が進むクラスター政策との対話を図ろうということが実質的な目的の一つであった。会議の中では、日本・中国・韓国(+ロシア)のクラスター政策について、Smart specialisationの4つの基本タイプと見なす発言もあった。

Smart Specialisation実現への課題

   既存の地域クラスターの戦略分野の多くは、過去の経緯依存(歴史的にその地域で重要であった産業や特意とされてきた技術群)で決定されていると認識されている。環境条件が変化しているにもかかわらず、変化は遅い。そこから脱して、新たなプライオリティ・テーマへと移行することの難しさが多く話題に上っていた。
   新たな特化戦略を決め、それへと移行していくための条件としては、3つの要素が上がっていた。一つめは、マインドの問題である。政策責任者が将来志向の考え方を持ち、ステークホルダーのマインドセットを変えること必要となる。二つ目は、中央政府と地方政府、地域内のステークホルダーのより効果的なコーディネーションである。過去の経路から離れようとすると、より高度な調整機能が求められるのは、当然といえよう。三番目は、アジェンダ設定、戦略の決定、ベンチマークの設定、進捗のモニタリングのための政策手法の導入である。こうした手法が無いと、変化の必要性、変更による効果を説明することや関係者の調整を行うことも困難である。会議では、実用的な2つのツールが紹介をされた。一つは、「AI(特化係数)」であり、学術(論文)、産業技術(特許)、経済(産業活動)の3面で、地域ごとの特化係数(特定分野における当該地域のシェア/全分野における当該地域のシェア)を計算しようとするもの。ベースとなるデータベースは整備され、公開されており(一部有料であるが)、実用性は高い。地域の強みの客観的な把握や特化戦略の進捗度を簡単に把握するには有用であると考えられる。(例えば、光州では、学術面でのフォトニクスへの特化係数が急激に上昇した一方、産業技術面では上昇しておらず、学術面での強化がまだ産業技術へと波及していないことが示されていた)。二つ目のツールは、TIP Workinng Groupで開発した「The RIS3」とン呼ばれる地域力の自己診断手法である。企業、政策、科学技術・文化の3セクターについて、SWOT(強み弱み、チャンスと脅威)分析を行う手順と、アセスメントをする項目を示している(例えば、企業セクターについては、SMEs、Clusters、Leading enterprises、MNCs)。手順については、アセスメントの準備、セクター内の自己診断、セクターを越えたクロス診断、結果によるSWOT分析へと進む5ステップで構成されている。これらは、実用性があり、日本の地域経済政策でも、大きなハードルなく導入することは可能と考えられる。坂田より、双方とも実用性が高いツールであると評価する一方、特に、特許データについては、タイムラグが存在するため、変化の早い技術環境の中で、産業技術のフィールド調査と組み合わせてラグを埋めることが重要である旨、指摘をした。
   さらにより広い範囲での課題としては、「Smart specialization」と「System Innovation(人や物の移動、医療保険、エネルギー、都市計画など)」、「国際的なPublic Private Partnerships(PPP)」 の3者間の協調的な推進が重要である旨、提言がなされた。ここでは、Smart Specialisationは、相互依存による協調を基本とするものと整理し、それを第3のモデル(既存の市場主義、社会主義のいずれかと異なる)と捉えている。PPPについては、イノベーションを進める上で、市場原理だけに依存せず、官民の多数のステークホルダーによる緩やかな戦略的な共同意志決定や将来の可能性に関する情報共有が行われる環境が重要だとし、代表例として半導体の「国際ロードマップ」が挙げられた。

地域クラスター政策とSmart Specialisation

   本会議では、北欧、スイス、アジア3カ国(日本、中国、韓国)、ロシア等のクラスター政策が取り上げられた。Smart specialisationの構成要素である、地域ごとの分野特化戦略、地域内のステークホルダー群の協調という要素は、クラスターの概念に既に含まれており、先に述べたように、特化対象のより一層の絞り込み、国境を越えた地域間での協力政策を付け加えると、Smart specialisationを体現するものとなるとの認識があるものと考えられる。
  我が国では、2001年から推進されている「クラスター政策」がピークを超えているが、欧州では、依然として標準的な地域経済政策であり、また、中国、そして、ロシアでも政策展開が進んでいる。韓国では、日本と同様に、相対的に地方主導のイニシャティブに移行したとのことであるが、光州のフォトニクス・クラスターに関しては、国立研究所(韓国光技術院)で行う応用型プロジェクトやスタートアップ支援、工科系大学(科学技術院)の新設の形で中央からの手厚い政策資源の投入が行われている。我が国でも、長期間を要する構造改革を目指した政策については、より長期・安定的に政策に取り組むべきではないかとの感想を持った。

坂田の講演に関する質疑

   講演の前半で、ネットワーク分析の手法を用いて、日本の代表的クラスターのアセスメント結果を紹介した。地域ごとのネットワーク構造の大きな差異、浜松(事例)における自動車(地域密着性が高い)とフォトニクス産業(グローバル化が進展)間の大きな差異、日本における取引形成の原理としての「Trust」要素の大きさ等を紹介した。(※図1)


(図1)浜松クラスター(自動車、楽器、光)の取引構造マップ

   これを踏まえ、後半では、2つの意味でのネットワークのオープン化、すなわち、Trustに依存し過ぎない新たな取引構造の形成加速及びTrustが不足する新興企業の参入支援と、 中小企業取引のグローバル化支援の必要性を指摘した。これに対し、「2つの意味でのオープン化」についてより詳しい説明を求められ、また、中小企業のグローバル化について、どのような政策が考えられるのかとの質問があった。後者については、ドイツのHidden Championsのような小さなグローバル企業が日本に少ない現状を述べ、中小企業庁による海外進出支援策を簡単に紹介した。
   また、太陽光・二次電池に関する国際共著(研究協力)ネットワークの分析結果を紹介し、学術レベルでは、注目技術に関して、急速に国際的なオープン化(研究協力)が進んでいる現状を示し、そうした経験とネットワークを持つ大学・研究機関が、地域間協力の強化に貢献できる可能性を示した。これに対し、参加者より、大学の役割について同感との発言があった。

その他、気づきの点

   何名かの参加者から、「規制」と「イノベーション政策」との調整の必要性(裏返すと、現状では十分に統合されていない)に言及がなされた。例えば、スペインでは、洋上風力発電が一つの成功事例であるが、環境保護は地方政府、海洋・沿岸保護は中央政府と担当がわかれており、両者の協力が重要であるとの発言があった。なお、坂田は、イノベーションのスピードが加速していることに対し、制度創造のスピードがそれに追いついていない状況について、「制度時間と技術時間の谷間」と呼んでいる。

   参加者の多くが博士号取得者となっている。坂田が講演したセッションXでは、セッションチェアーを含め、講演者5人ともがPh.Dであった。日本の存在感・発言力を高めるためには、行政能力と博士レベルの研究能力を兼ね備えた人材の育成が重要との印象を改めて持った。




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